« 日本の現実なんやろうな | トップページ | 兄貴分(?)誕生 »

医療の問題、だけにしてはいけないと思う

昨日も日記に書いた、奈良の妊婦さんを救急車で搬送できなかった事件。発生から1日経って、いろいろな事実が伝わってくるようになりました。

マスコミの記事ってのは、やはりセンセーショナルな見出しを付けて人の目を引くような書き方しかしないので、特に第1報レベルの記事だけを読んで軽率な判断をするのは良くなさそうです。

せめて赤ちゃんが安らかに天に召されますように。

以下、気になった記事から。


<奈良・妊婦搬送中流産>4病院、産科医足りず−−受け入れ不可能9施設中
奈良県橿原市の妊婦(38)が大阪府高槻市の病院へ搬送中に救急車内で流産した問題で、受け入れを不可能とした9施設のうち、4病院が当時、わずかな人数の産科医で分娩(ぶんべん)などに追われている状況だったことが29日、毎日新聞の調べで分かった。全国的に問題とされている産科医療の体制不備には、分娩の取り扱いをやめたり、制限する産科が相次ぎ、分娩を続ける病院に負担が集中しているという実態が背景にあることが改めて浮き彫りになった。

今回の事故でも、マスコミは「たらい回し」という言葉を使っていたけど、こういう無責任な言葉の使い方が、物事の本質からみんなの目を逸らさせてしまっているような気がする。「たらい回し」なんて書かれたら、過半数の人は「受け入れなかった病院が悪い!」と言う論調になるわな。けど、受け入れ余力が無い病院が、さらに患者を受け入れたりしたら、元々処置を必要としていた患者の命が危険にさらされることにもなるはずだ。
マスコミは大抵いい加減な側面を持つが、それを見聞きする私達も表面的なことばだけに惑わされるのではなく、いろんな切り口から物事を理解して考えないといけないと思う。


「断ったつもりない」=病院と救急隊、意思疎通不十分−妊婦死産・奈良
奈良県橿原市の妊婦(38)を乗せた救急車が受け入れ病院を探すのに手間取り、妊婦が死産した問題で、最初に照会を受けた県立医大付属病院の産科医は「断ったつもりはなかった」と話していることが30日、分かった。同病院の産婦人科ベッドは1床空いていたが、救急隊は断られたと考え、別の病院を探したという。
県は近く、検討会議(座長・荒井正吾知事)を設置し、再発防止策を検討する。

救急隊と病院の連絡は無線か電話(つまり音声)でやるでしょうから、情報の伝達にも技術がいると思う。そこに問題はなかったか。あと、病院側で救急隊からのコールに対応したのが、医師ではなく事務職員だったという情報もある。もし事実だったらそれも問題だろう。こういう記事もあるし↓

<奈良妊婦死産>消防と病院で連絡不備 受け入れ出来ず
奈良県橿原市の妊婦(38)の胎児が救急搬送中に死亡した問題で、橿原消防署(中和広域消防組合)から最初に妊婦の受け入れを要請された県立医科大学付属病院(同市四条町)が、要請から約2時間のうちに、他の2人の妊婦を救急搬送で受け入れていたことが県の調べで分かった。病院に受け入れの余力がありながら、消防とのコミュニケーションの不備などで結果的にこの妊婦の受け入れが出来なかった。

奈良に限らず全国的な傾向として、医療機関がハイリスクな妊婦さんの急患受け入れを拒むケースが増えていると聞く。
医療崩壊(WikiPedia)
福島県立大野病院産科医逮捕事件。本当の不注意による医療ミスであれば逮捕や裁判もやむなしかもしれないが、このようなケースを見聞きすると、医師が「医師の良心」で行動することがどれほど勇気の要ることか、そんな現場で活動されている医師の方には本当に頭が下がる。この記事にある「事実、この一件が契機となって特に昼夜を問わず地域医療に貢献していた医師の意欲は著しく低下し、負担の大きい(特に地域の)医療現場から医師が去るきっかけを作った。」という一文をどう受け止めればいいのか。
あと、タクシー代わりの救急車利用とか、夜間救急のコンビニ化とか、私達の不節操が回りまわって他の人の首を絞めることになってしまっている。

奈良県医大(WikiPedia)
奈良の医療機関不足という問題はやはり深刻なようだ。今回の事故の背景として無視できないと思う。昨年にも妊婦さんに関わる事件があったのだが、その後行政(国や県)は本気で体制を作ったのだろか。周産期医療センターを作るには時間がかかるだろうが、消防救急や救急病院の体制の整備など、ソフト面で出来ることはなかったのだろうか。そして、果たすべき努力は、現場の医師や看護師や助産師だけに押し付けられていたのではないだろうか。こういう体制作りこそ、政治家や行政がトップダウンで(言い換えれば鶴の一声で)動かないと、現場は動けないものだと思う。そのくらい、どこの現場はいっぱいいっぱいなものだ。

行政、政治、消防、医療機関、そして市民の私達のみんなが、医療とか妊婦さんとかいろんんたことを真摯に考えないといけないと思う。自分だけがよければという行動を1つでも減らさないといけないと思う。
でないと、天に召された赤ちゃんが浮かばれないと思う。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1019032/11953444

この記事へのトラックバック一覧です: 医療の問題、だけにしてはいけないと思う:

コメント

医療って本当に難しいですね。
良識で行動してしまうと医療の本分から逸脱することもあるでしょうし、
いうなれば目の前で溺れている人がいても、
資格がないから助けてはいけない、とかそんなような。
それくらい「普通」にやればよいのに、
「普通」の概念が崩壊してるんでしょうね。
難しい問題です。

投稿 リョウ | 2007年8月31日 (金) 11時08分

人間として(自然に)あるべき、やるべき姿とかを妨げるような、いろんな足枷が多すぎるんでしょうね。

簡単な問題ではないですね。

投稿 新米父ちゃん | 2007年9月 1日 (土) 01時04分

コメントを書く