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息子は成長中

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2011年6月の7件の記事

2011年6月26日 (日)

[育児] 小学生女子、涙ながらにうんてい特訓中。

連日深夜まで働いて、土曜も出勤してでかなりクタクタ気味。平日夜遅くまで働いているのはいつものこととは言え、今やってる仕事が、ほぼすべてのタスクについて優先度を付けることができなくなっていて。規模としては比較的小規模なんだけど、そんなデスマーチな状況が2つ重なっている。

精神的にも的少々まいっちんぐな今日この頃なのである。

そんな訳で身体がだるくて仕方なくて、せっかくの日曜である今日も、お父ちゃんは昼前までおうちでゴロゴロと。

けど、息子はそんなお父ちゃんにお構いなしで(笑)どこかに出かけたいご様子。何とか起き上がって、昼前からちょっと車を飛ばして家から30分くらいの駅まで買い物に出かけることにした。

途中、本を返すために図書館に立ち寄るためちょっと回り道をしたところ、今まで行ったことのない公園を見つけた息子。

ここに行きたい、遊びた~い!!

その一言で予定を変更。新発見の公園で遊ぶことにしました。

ちょっとしたすべり台くらいしか無さそうなだだっ広い公園だったのですが、ちょっとした親水公園っぽい感じになっていて意外と変化に富んでおり、公園周りのブロックを平均台のように歩いたりして、息子とともに1時間ほどたっぷり遊べました。

最近できた公園みたいだったようで、一見遊具が少ないように見えてもいろいろと楽しめるようになっていもんだなぁと、そんなことにも感心したり。

その公園で、小学生低学年くらいの女の子がうんてい(感じでは雲梯って書くんですね~)のところで、号泣しているのですよ。それもものすごい勢いで。

こわい~、こわい~

そばには一見優しそうな(?)お母さんと思われる女性。が、その女の子をどうにかする訳ではなく

「助けてあげるからやってみ!!」

と。しかもずっと。

ひょっとしてこれは。。。最初は新手の児童虐待かと思ったよ。そのくらいすごい号泣。

けど、しばらく観察していると、号泣しながらもうんていに自らトライして言っているのは、どうも他でもないその女の子。で、お母さんはなんとかしてうんていでちょっとでも先に進めるように、手助けしようとしているんだけど、女の子は怖くて一歩も先に進めなくて、膠着した状況が続いているのだと読めた。

想像するに、小学校の体育でテストでもあるのか、他のお友達はみんなできるのに自分だけできないのが悔しくて、何とかできるようにお母さんとともに練習しに来ているのか。

そんな感じに見受けられました。

なんかすごい懐かしい感じがしたその光景。

しばらく頑張ったあと、その女の子はお母さんと仲良く帰って行きました。

今すぐは無理かもしれないけど、近いうちにうんていができるようになったらいいな、その女の子。がんばりやー、おっちゃんも応援してるよ。影ながらね。

息子は公園でたっぷり遊んで満足したのか、お家帰ってからしっかりお昼寝。ほんま公園が大好きな息子です。

2011年6月24日 (金)

[暮らし] この先の長い人の方が力を持ってもいいと思う

最近ネットで見つけた記事。

現状の選挙制度では、数の多い老人の声が優先され、世代間格差は広まる一方だ。そこで若者の声が政治に届くようにするために「年齢別選挙区」の導入をはかるべきだとの意見も出ている。これは人口の構成比に応じて議席を配分するというものだ。
暴論にも思えるが、実は日本と同じく世代間格差が問題となっている諸外国でも選挙制度改革が検討されている。

民主主義の原則「一人一票」に対立する投票法の画期性とは

これ、なるほどなぁ。

日本の閉塞感っていうのの原因の何割かは、政治が"未来の日本"のためのものではなくって、"今の日本"だけしか見ていないものになってるってのはあると思う。言葉は悪いかもしれないけど、老人が老人のために政治をやっている。

一般論として人間年食ったら保守的になるもんだから、いろんなものが閉塞してくるのは仕方ないよな。

平均寿命を85歳と考えれば、20歳の若者は65歳の3倍くらい長生きするんだから、3倍くらいの参政権があってもいいのではないかと思う。以前こんなこと書いたことあるけど、発想の根底は近いもんがあるかなと。

で、少しだけ真面目な新しい選挙制度の提案。

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2011年6月22日 (水)

[成長] 幼稚園生活の中で親の心配(?)も多様化のようす

幼稚園バスに乗っている息子は、運転手さんすぐ後ろのシートにたいてい1人。隣に友達に乗って欲しそうなそぶりも見せるけど、いつもこの席に座っているようだ。

で、天涯孤独なのかと言うと全くそういうことでもなく、息子の話しを聞くとお友達と活発に遊びまくっているようだ。幼稚園の先生から特にこれと言った連絡があるわけでもない。ごくごく普通なんだろうと思う。バスの中では運転席背後でハンドルさばきを見ることの方が優先度が高いみたい。この辺は父ちゃん譲りっぽい。

マイペースなところがある息子(3歳児なんてどこもそんなもんとは思うけど)。親が頭の中で描いている、お友達といつも一緒に遊んでいるといういわゆる一つのステレオタイプなとこからずれてると、何となくちょっと心配にもなるけど、そんなの余計なお世話とばかりに息子は息子でいいようにやっている気配を感じる。

いつも読んでいる子育てブログ、3歳ともなると子供の個性が色濃く出てくるのか、お父ちゃんの喜びごととか心配ごととか、そんなのもそれぞれの個性がはっきりしてきたなぁ。1~2歳の頃の心配ごとなんて、今日記を読み返してみると、多少の時期の遅早はあってもどこの子供もそんな変わらんもんな。何年か後になったら「3歳の頃なんて。。。」などと同じことを思っているのかもしれないけど。

何にしても、息子は息子で自分で成長していくしかないのだ。日々の出来事を通して思ったことから学んで改善するもよし、唯我独尊で行くもよし。子供のことはある程度のとこまでは子供同士でなんとかするのを待つ。

お母ちゃんとお父ちゃんは、そんな息子の基地であればよしだ。

2011年6月21日 (火)

[暮らし] テレビのメモ・災害時のサバイバル(炊き出し)

どっかのテレビで昨日やってた、地震とかの災害時のサバイバルの話し。ご近所炊き出し編。役に立つ日が来なければいいけど、覚えている範囲でメモっとく。

  • マンション自治会とか町内会とかで、炊き出しセットを購入し備蓄しておく。ワンセット20万でお釣りが来る。大きなご飯がま、お鍋、LPガスボンベ、その他。
  • 材料は、各家庭の冷蔵庫の中から持ち寄る。地震直後は、スーパーは機能しないかあっという間に品切れになるので、みんなで持ち寄らないと難しい。
  • 材料は細かく切って投入。火の通りが早くなるのと、公平分配がやりやすくなる。
  • 味付けは規定量より若干薄めにする。
  • 無洗米があるとよい。水の節約になる。
  • ご飯がまを洗う前に軽く空焚きさせると、ご飯がカピカピになってはがれやすくなる。これも水の節約。
  • おかずの配給は、とにかく各家庭声かけ。コミュニケーションになる。

普段から地域とか自治体の交流ができていないと、なかなか難しいことばかりだけどね。同じ番組で、自分の村は自分たちで守る、って話しで消防団のことも取り上げられてた。都会、特に新興住宅地だと難しい感じなのかもしれないけどね。

2011年6月17日 (金)

[育児] 子供のことが心配だということ(放射線)

今日(もう昨日だけど)目にしたツイートの中で、目が覚めたのがこれ。

赤ん坊が静かに寝てるだけで、もしかしたら息をしてないんじゃないかと心配する。口元に顔を近づけて呼吸を確認する。食品の成分表示で添加物をチェックする。そうやって育ててきた子どもが被曝の危険にさらされて、心配しないわけないでしょうが。
@oginonatsuko おぎの夏子

「もしかして息をしてなかったらどうしよう?」と心配になって、夜中2~3時間毎にに目を覚ましてしまっていたことなどすっかり忘れていたけど、僕もたしかにそうだった。この感覚忘れてた。このツイートは忘れかけていたもんを思い出させてもらった。

もうひとつ、うーんと考えたのがこれ。

義父母からの非難、攻撃に疲れた。一体私が何をした?子どもを被曝から守るために避難することになぜいやみを連発されるのだろう。逃げた逃げた逃げた逃げた…と…。逃げたのではない。避難だ。もううんざり。関わりたくない。@fukushimamama3

低線量被曝がどのくらいの健康被害をもたらすか、学者によって言うことが全然違うのだけど、チェルノブイリのその後をレポートした番組を見れば、少なくとも子供についてはその影響を否定することはできない。○○μシーベルト/h以下なら実際に問題ないのかもしれないけど、子供にはやっぱり放射線を浴びさせたくないというのは本能的なもんだ。

確率的には、放射線による発がん性とか死亡率って、タバコ、酒、自動車を下回るなんてことも言われるけど、タバコも酒も子供から遠ざけることは(親次第だけど)可能だし、車にしてもそう。けど、放射線の場合はその場所が汚染されてしまったら、大人も子供も金持ちも貧乏人も平等に被曝してしまうわけだ。

ってか、自分の大事な子供に関わることに対し「確率的には」ってどういうことよ、ということだよ。

ここ最近で、福島県でお子さんを他府県に避難させる動きがあって、それを公然と非難する声もあるみたいだ。考え方は人それぞれなんかもしれないけどね、けど子供を守りたいって気持ちを非難することはできないよ。人それぞれ事情があるし、その土地から離れたくても離れられないってケースも当然あるだろうけし、原発が雇用をキープしてきた側面もあるだろうけど、「原発の是非」と「今、子供を放射能を守る」ということは分けて考えんとあかんと思う。僕たちだって福井県の原発がおかしくなったら、飛散するやつとか琵琶湖の汚染だとかで放射性物質から逃れられない訳だ。

移住と言うことには色々と勇気はいるだろうけど、そうなったらやっぱり安全な場所への移動ってことを視野にいれるだろう。離れ離れになる辛さとかはもちろんあるけど、僕はここに残ってもいいから(仕事して金稼がないといけないし)、少なくとも子供と母ちゃんは安全なとこに逃がしたい。

やっぱりそう思うよ。

2011年6月15日 (水)

[仕事] gdgdなプロジェクトに入る

ちょっと前から参加しているプロジェクト、格好良く言えば「火消しの助っ人」、実際のところはほぼ「敗戦処理」。でもこれを何とかしないと先に進めない。そんな感じ。

近年まれに見るgdgdさ満点のプロジェクトにおいて、いろいろ考えるところは多いけど、この業界の唯一のリソースってのは、やはり人なんだよなぁって思いが強い。

今しばらくはしんどい期間が続くし、文句や愚痴の一つもあるけど、まぁこんな現場に声がかかるっては、技術者としてまだまだ賞味期限は切れてないってことんだろうなぁといいように考える。

それにつけても、しんどいときこそ笑いだよね~。これは大事。明日からも頑張ろう。

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2011年6月 5日 (日)

[成長] ブログに書けない成長日記が増えてきた

幼稚園に行くようになって3カ月、この間の息子の成長具合と言うのはすごい物がある。

今日(日曜日)いつものようにショッピングセンターにお出かけ。そこのキッズルームは息子のお気に入りで今日も遊びに行った。最初は息子1人だけだったので、すべてのオモチャを1人占めできたのだけど、ちょっとずつ1人、2人と増えてきて。。。

幼稚園に入る前の3カ月くらい前の息子だと、後から来た子とほぼ間違いなくオモチャの取り合いで、勝っても負けても大泣きしてたところだけど、今日は明らかに違ってて

いっしょにあそぼー

と声かけて遊んでるではないの。

相手の子供はというと、息子のあまりのフレンドリーさ(笑)に一瞬面喰ってたみたいだけど、そこはやっぱり子供同士の事、けっこういい感じで遊んでた。こんなの3カ月前には想像できなかった姿な訳で。。。やっぱり幼稚園に行くようになってから、猛烈と言っていい勢いで成長してるようなぁ。

幼稚園とか、幼稚園関連の出来事、僕はと言うと基本的には奥様から話しを聞くだけなことが多いけど、メモっておくべき成長が山のようにある。その辺の「覚えておきたいこと」を、今まではこのブログなりtwitterなりにメモってきたのだけど、たとえば幼稚園のことをあんまり克明に書こうとすると、やっぱりお友達や先生のお名前を書かないと、後から読み返したときに何のことかわからない日記になってしまうし、行事のスケジュールからプライバシーに関わるようないろんなことが特定できてしまう、という懸念もかなり出てきた。

そんな訳で、最近のメモはEvernoteの方に書いとくことがすっかり多くなってきた。僕の場合共有設定もしてないし、完全に自分のメモ。いろんな人と出来事を交流したいという思いはもちろんあるんだけど、そこはまぁしゃーないかなぁと。逆に、幼稚園から貰ってくるクラス報みたいなのも、ケータイのカメラで写してEvernoteの方にガンガンぶち込んでる。Evernoteでは、お父ちゃん同士(イクメン同士(笑))の新たな交流とかそういうのは生まれなさそうだけど、逆に何でもかんでも放りこめるってのは大いなる魅力やし。

"新米父ちゃんへのみち"というタイトルで、息子の命が宿ったことが分かった2007年2月に始めたこの日記、何やっても三日坊主な僕とは思えないくらい、よく4年以上も続いたもんだしクローズするのも勇気がいるところではあるけど、惰性でダラダラ続けるのもあれやし、今のところ踏ん切りはついてないけど、twitterEvernoteだけに絞りtwitterの検索はtwilogでやるようにしたら、少なくとも自分のやりたいことはほとんどできている。ブログの方はからっきしになってきてるけど、実はメモっている分量ってのは以前とそんな変わっていなくて、Evernoteの方にはガンガン書き込んでいたりもする。

そんなこんなで、そろそろブログは閉鎖ってのもちょっと考えてたりもする。

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